小松伸六ノート/ちょっと寄り道①

 

田辺聖子『続 言うたらなんやけど』、佐藤愛子『晩鐘』の中の小松伸六

 

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文芸評論家小松伸六の足跡を追う中で、意外なものにその名前を発見することがある。まず作家田辺聖子のエッセイ集『続・言うたらなんやけど』(筑摩書房、1976年刊。角川文庫、1981年4月刊)に出てきた小松の話。田辺聖子がまだ作家になる前の1962年12月号の『文學界』に、同人雑誌『大阪文学』9号に発表した「陛下と豆の木」がこの月のベストファイブとして田辺聖子の名前と作品名が載ったのだ。この時の評者は駒田信二だが、林富士馬と小松の3人が協議して選んでいたと伝えられている。

 

“「大阪文学」にはつづいてその第二章「陛下と豆の木」を書き、これは「文学界」のうしろの同人雑誌評にその月のベストファイブに入れてもらったと思う。天にものぼる心地というのはこのことで、私は「文学界」を買い占めたいと思ったが、二冊だけ買って、毎日そこを眺めてニタニタと悦に入っていた。その欄の担当者の小松伸六氏や林富士馬氏や、駒田信二氏には、今も足を向けて寝られない気持である。”(「十年ひと昔」73・2)

 

その頃のことを回想したエッセイで、どこに発表したものかわからないが、無名時代に『文學界』に取り上げられた田辺の喜びが伝わって来る。その1年後に「感傷旅行(センチメンタルジャーニー)」で1964年の第50回芥川賞芥川賞を受賞し、文壇にデビューを果たすのである。

 

佐藤愛子の『晩鐘』に出て来る小松伸六については、先日、文芸評論家のA氏から教示を受けた。『晩鐘』(2014年12月、文藝春秋刊。文春文庫、2017年9月刊)は、90歳を目前にした直木賞作家佐藤愛子が、今は亡き元夫や仲間と過ごした時代を万感の思いを込めて綴った自伝的な小説と言われている。小松が登場するのは、1963年6月号の『文學界』に、同人雑誌『半世界』16号に発表した「ソクラテスの妻」が推薦作として載り、それが第49回芥川賞候補になったという本格的な文壇デビュー前の回想のなかである。

 

“杉(佐藤愛子)が意地になってあちこちの文芸誌編集部を持ち廻り、その都度、拒絶されていた「ソクラテスの妻」が芥川賞候補に上がった。どの文芸誌が相手にしなかった作品が賞の対象に上がったのは、仕方なしに「半世界」に掲載した。それが、文芸評論家の小松伸六の目に止まったからだった。小松伸六は「文學界」で同人雑誌批評欄を受け持っている。そのなかから「今月の推薦作」として彼に選ばれたものが、「文學界」に掲載される仕組みになっているため、「ソクラテスの妻」は衆目に触れ、そういう成り行きから、芥川賞候補作に選ばれたのである。”

 

小松は、「(ソクラテスの妻)クサンチッペは伝説のように果たして悪妻であったかわからない。この小説の細君も悪妻か賢夫人かわからないが、寓意小説として読んでも、また文学志望者をからかったパロディとしても私には大いに楽しかった」と、佐藤愛子は『文學界』の小松の選評も引用している。佐藤愛子は、そのあと、幾度か芥川賞直木賞の候補になり、6年後に『戦いすんで日が暮れて』で第61回直木賞を受賞し、本格的な作家生活に入っている。なお『晩鐘』は、2015年に紫式部文学賞受賞している。

いずれ、小松の『文學界』での「同人雑誌批評」について詳しく触れたいと思うが、当時若い文学をめざす多くの若者にとって、この「同人雑誌批評」に取り上げられることは勇気を与えてくれる出来事であったのである。