小松伸六ノート⑫ 五木寛之と小松伸六

五木寛之と小松伸六

 

昭和42年1月、『蒼ざめた馬を見よ』で第56回直木賞受賞した五木寛之(1932年~)に、小松伸六が初めて出会ったのはいつかわからないが、小松は「私は五木さんに三度ほど会ったことがある。親しくしゃべったのは、「小説現代」の文学風土記の取材で、金沢に行った時である」(講談社文庫『ソフィアの秋』解説)と書いている。

五木寛之は、早稲田大学中退後広告代理店に勤め、作詞家などを経て昭和40年に仕事をやめ、ソ連、北欧などをめぐり、帰国後夫人の住む金沢に住を構えていた。翌41年4月、『さらばモスクワ愚連隊』で「小説現代新人賞」を受賞し文壇にデビュー、翌年1月に、『蒼ざめた馬を見よ』で第56回直木賞受賞を受賞している。反体制的な生き方や、現代に生きる青年のニヒリズムを描いて、若者を中心に五木寛之ブームを巻き起こしていた。

小松の講談社文庫『ソフィアの秋』の文庫解説には、「小説現代」の取材での出来事をかなり書き込んでいる。この取材記事は未見だが、五木は、昭和45年1月に横浜に移転しており、昭和43年か44年頃のことと思われる。それによれば、小松が訪ねた金沢の家は、「市電の終点小立野から十分ほど歩いたところだった。小立野台地といわれる丘で、静かな住宅地である。五木宅は、岡精神病院の隣にあった」という。五木は直木賞受賞後、妻の実家である岡精神病院の隣の一軒家に移り住んでいた。小松は金沢大学の教師時代、『北国文化』のスポンサーであった岡精神病院の医院長岡良一氏とは面識があり、五木夫人にも会った記憶があるという。五木宅で2時間ほど話し、そのあと「小説現代」編集者S氏と3人で、金沢の町をめぐっている。

五木の直木賞受賞から4年後、若者を中心に五木寛之ブームが起こっていた。『週刊現代』昭和46年10月14日号『週刊現代』は、特集「圧倒的五木寛之ブームを解剖する」を組み、小松伸六にコメントを求めている。そこでどのような談話を寄せたかは詳しくわからないが、『青春の門』について、「…尾崎士郎さんの『人生劇場』を連想しますが、当人もそれは承知しているんでしょう」などと語っていたという。

昭和47年3月刊の日本文藝家協会編『1971年度後期代表作 現代の小説』(三一書房)は、小松伸六らが選考を務め、五木寛之の『オール読物』昭和46年8月号の「ユニコーンの旅」を選び、『1971年度後期代表作 現代の小説』の「あとがき」を書き、五木の休筆宣言に対して「あれだけ第一戦で活躍し、あれだけさわがれていれば、しばらく筆を断つのも賢明な生き方かもしれない」と書き、札幌郊外の精神病院を舞台とした作品に、「好短篇である」と語っている。

この年昭和47年6月には、海外小説を収録した五木寛之の『ソフィアの秋』(講談社文庫)が刊行され、小松は「休筆宣言をした五木寛之氏は、1972年現在、京都あたりに〈国内亡命〉しているのか、イベリア半島へ〈漂流〉しているのか、あるいは白夜のスカンジナビア半島へ〈はてしなきさすらい〉をつづけているのかは知らない」と書き出された18ページに及ぶ「解説」を寄せている。この年4月、五木は休筆宣言をして京都へ、そして北欧を旅行している。「解説」には、前述した、「小説現代」の文学風土記の取材の他に、「五木文学を理解するには解説を必要としない」と、処女作「さらばモスクワ愚連隊」からはじまって、多くの作品から五木寛之文学の魅力を伝えてくれる。

この47年10月1日発行の『新刊ニュース』№251には、五木寛之との対談「休筆作家の理想と現実」が載っている。二人の写真も載っているが、この時、五木寛之は40歳、小松は57歳の時である。小松の「今、ほとんど休筆ですか。」と、二人の対談がはじまる。お互いに住んだ金沢の話から五木の移り住んだ京都の町に触れ「京都と金沢の違い」を語り合い、「芸術の町に文学なし」と、小松はドイツミュンヘンを語り、五木はモスクワそしてレニングラードを語る。そして話は、「大衆作家の今と昔」「純文学と大衆文学の垣根」「通俗にして高踏な小説」と続き、実に内容の深い対談である。幾度か語り合った二人ならではの、対談であったろう。

昭和49年5月刊の『五木寛之作品集20 白夜草紙』(文藝春秋)に、小松は「解説」を寄せる。収録された作品は、「白夜草紙」「野火子」「ブルーデイ・ブルース」の3作について、15ページに及ぶ「解説」を詳しく書いている。『五木寛之作品集20』に付いている「五木寛之作品 月報20」の「編集メモ」には、小松の写真入りで、「解説者の小松伸六氏は1914年北海道生まれ、東大独文科卒、現在立教大学教授、文芸評論家。「文學界」の「同人雑誌評」を担当され、新人発掘に尽くされております。今回の「白夜草紙」の解説は、教師という立場から書かれた力作です。」書かれている。

いまも活躍を続ける作家五木寛之にとって、小松伸六は気心を許せる文芸評論家のひとりであったのかも知れない。

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五木寛之作品集20 白夜草紙』の解説、月報。『新刊ニュース』№251。講談社文庫『ソフィアの秋』(異装本2種)。