小松伸六ノート㉑ 大衆文学作家と小松伸六 その1

大衆文学作家と小松伸六 その1

 

大衆作家の大御所である大佛次郎についてはすでに触れたが、小松伸六が文学全集や文庫に残した「解説」を中心に、大衆文学作家との関係に触れていきたい。

小松が大衆作家の文学全集の「解説」をはじめて手掛けたのは、昭和28年7月刊の『昭和文學全集17 大佛次郎集』(角川書店)で、純文学作家の文学全集や文庫本の「解説」より早い。子供のころから大佛次郎の「鞍馬天狗」に夢中になっていた小松にとって、文芸評論家としての出発は、大衆文学を対象としていたと言ってもいいのかもしれない。昭和33年には、『現代国民文学全集32巻 中里介山』、『現代国民文学全集28巻 直木三十五集』(角川書店)に「解説」を寄せている。小松は、大衆文学、純文学にこだわらず、多くの作家の作品を読んでいた文芸評論家でもあった。

 

中里介山(1885~1944

代表作「大菩薩峠」がある中里介山 幕末が舞台で、虚無にとりつかれた剣士・机竜之助を主人公とし、彼の旅の遍歴と周囲の人々の様々な生き様を描いた作品の連載は約30年にも及び、未完であったにもかかわらず、いまも多くの読者が生まれている。小松伸六は、昭和31年4月刊の『文藝』臨時増刊号「中里介山大菩薩峠読本」に「机竜之助の系譜」を寄せている。「机竜之介」はもちろん「大菩薩峠」の主人公だが、この批評は未見。小松は、2年後の昭和33年9月に、『現代国民文学全集32巻 中里介山』(角川書店)に「解説」を寄せ、「「大菩薩峠」の面白さは、なんといっても主人公机龍之助の絶対的魅力があるようだ」と書き出す。

「龍之助がでれば、かならず人を斬り、龍之助なるが故に、必ず勝つ。しかも私たちは

こうした龍之助の残忍な、原始的な心象ともいえる白刃の魅力を当然のこととして少しも怪しまない。とすれば、私たちの血管のなかではすでに龍之助の巨人伝説の主人公であり、「大菩薩峠」はすでに神話的文学となっているはずだ」

と言う。そして文藝評価となった小松伸六は、自らを「拾い屋」と自称していたが、小松自身、「中里介山は「大菩薩峠」の中で、わが国大手出版社の社長をさして「紙屑拾いののろまの〇〇」と書いており「拾い屋」の称号のヒントはここから得たといっている。」(『人脈北海道 作家・批評家編』昭和49年、北海道新聞社)とあるから、「大菩薩峠」の大の愛読者であったことは確かである。

余談だが、この『現代国民文学全集32巻 中里介山』に収録された「大菩薩峠」には、「甲源一刀流の巻」など8巻(まき)が収録され、残りは「「大菩薩峠」以下の梗概」として書かれている。この「梗概」を書いたのは、新進作家の富島健夫であったという。『「ジュニア」と「官能」の巨匠 富島健夫伝』(河出書房新社)を書かれた荒川佳洋氏は、「9月角川書店版『現代国民文学全集32巻 中里介山』の「大菩薩峠」の梗概2段組18頁を執筆。生活の資にと山本容朗の好意による仕事だったが、梗概は見事な出来栄えだったと山本は記している」(『富島健夫書誌・増補版』2019年、富島健夫書誌刊行会)と書き残している。小松伸六は、あとに富島健夫の『おさな妻』(昭和54年、集英社コバルト文庫)の「解説」を書いている。

 

白井喬二(1889~1980

大衆文学の巨峰と言われ白井喬二の作品も、小松伸六は数多く読んでいる。小松は、昭和39年6月刊の共同通信社文化部編『昭和の名著・教養のための百選』(弘文堂)に「白井喬二『富士に立つ影』」を書いている。この著の「まえがき」に、「私たちは、新聞の読書欄は、単に新刊書ばかりではなく、かつて出版され、そしていまなお名著として伝えられている図書の案内も載せる必要があるのではないかという意図から、1962年2月から1964年1月まで、約2ヶ年間にわたり毎週一回、「この本の周辺」と題する連載企画を、加盟新聞社にたいして配信してきた」とある。そこから、共同通信社が配信した地方新聞の読書欄に寄稿していたことがわかる。なおこの著には、小松が寄せた、「井伏鱒二「多甚古村」」もある。執筆者は、作家の大江健三郎、新田潤、評論家の荒正人奥野健男など実に多彩な人物が寄稿している。

昭和44年4月から『白井喬二全集』(学芸書林)全22巻が刊行され、その第1巻「富士に立つ影1」に、小松伸六は「解説」を寄せているが、未見である。それにしても、当時大衆文学作家も語れる新進文芸評論家として、「解説」等を求められていたのである。

 

 

直木三十五(1891-1934)

年に二回、マスコミを沸かす文学賞である芥川賞直木賞。その大衆小説作品に与えられる直木賞の正式な名は、「直木三十五賞」である。今や直木賞は知っていても、作家直木三十五を知らない人も多い。その作家について、小松伸六は、昭和33年7月刊の『現代国民文学全集28巻 直木三十五集』(角川書店)に「解説」を書いている。この全集には、直木三十五の代表作「南国太平記」が収録されているが、小松はこう書く。

「―この作品は、大衆文を知識階級の嗜好までにひきあげた、劃期的な時代小説として、圧倒的な世評を得た作品でもある。/しかも今日よみかえして、少しも色あせぬ作品であるところか、近頃の凡百の時代小説より、はるかに面白さが鮮烈であるのには一驚した」

昭和30年代の小松の発言とはいえ、直木の代表作「南国太平記」を賛美している。

いまや、直木三十五の名は忘れられ「直木賞」の名のみが残るが、小松は長きに渡って同人誌『赤門文学』を主宰し、直木賞候補にもなる作家を生み出してきた。そして、多くの直木賞作家の全集や、文庫本の「解説」を書き残している。

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『現代国民文学全集32巻 中里介山』、『現代国民文学全集28巻 直木三十五集』(角川書店)、昭和の名著・教養のための百選』(弘文堂)、富島健夫『おさな妻』(昭和54年、集英社コバルト文庫