小松伸六ノート⑳ 石坂洋次郎と小松伸六

石坂洋次郎と小松伸六

 

昭和30年から40年代、『青い山脈』をはじめとする青春小説が大ベストセラーになり、映画化され、多くの若い人たちに読まれ続けた石坂洋次郎(1900~1986)。石坂は、昭和8年三田文学』に「若い人」の連載をはじめて評判になり、11年「第1回三田文学賞」を受賞し、作家的地位を確立する。石坂文学の初期の作品について、「いずれも私小説的な発想の上につくられており、この作家の特色である自慰的要素のこい戯画化がこころみられている。しかし陰にこもるところがなく、かなりあけっぴろげなそしてつよい作品である。(中略)日本では珍しい感触型の作家といえるかもしれない」と書かれた一文は、『新潮日本文学小辞典』(昭和43年、新潮社)の「石坂洋次郎」の項からとったものだが、執筆者は小松伸六である。小松は、文学全集、そして文庫の「解説」を数多く残し、石坂文学を語り続けたひとりでもあった。

昭和41年4月、『石坂洋次郎文庫』全20巻が新潮社から企画され、42年10月に完結した。文庫という名が付いているが、いわゆる現在の小さな文庫ではなく、個人全集20巻である。小松は4冊に「解説」(未見)を寄せている。

・『石坂洋次郎文庫 第5巻/青い山脈 ; 山のかなたに』(昭和41年1月刊)

・『石坂洋次郎文庫 第11巻/陽のあたる坂道 ; 乳母車』(昭和42年1月刊)

・『石坂洋次郎文庫 第13巻/あじさいの歌、寒い朝』(昭和41年7月刊)

・『石坂洋次郎文庫 第17巻/光る海 ; 辛抱づよく生きたS氏の像』(昭和41年1月刊)

石坂洋次郎文庫』刊行中の昭和41年11月、石坂洋次郎は第14回菊池寛賞を受賞する。その受賞パーティで、小松は石坂に初めて会ったという。

「石坂氏が昭和四十一年、「健全な常識に立ち、明快な作品を書き続けた功績」という理由で第十四回菊池寛賞をうけたとき、その受賞パーティが、新橋のあるホテルで行われた。私はそのとき、はじめて石坂さんにお目にかかったのであるが、この会で氏は津軽弁らしい、ちょっとなまりのある言葉で、受賞の感想をのべられていたのも印象的であった」(「解説」、『新潮日本文学27 石坂洋次郎集』)と書いている。その時小松は51歳、石坂は66歳のときであった。

その後小松伸六は、昭和43年4月に『カラー版日本文学全集30 石坂洋次郎』(河出書房新社)が刊行され「解説」を寄せる。同年9月には『現代日本の名作38 石坂洋次郎』(旺文社)に「解説」。翌44年12月には『新潮日本文学27 石坂洋次郎集』(新潮社)が刊行され、ここにも「解説」を書く。昭和54年11月刊の『新潮現代文学9 石坂洋次郎』(新潮社)にも「解説」を寄せている。小松が、文学全集に「解説」等を寄せた作家として一番多いと思われる。

なお、石坂洋二の文庫に寄せた小松の「解説」は、9冊確認できる。

石坂洋次郎あじさいの歌』(昭和37/1962年、新潮文庫

石坂洋次郎『河のほとりで』(昭和39/1964年、角川文庫)

石坂洋次郎『金の糸・銀の糸』(昭和42/1967年、角川文庫)

石坂洋次郎『風と樹と空と』(昭和43/1968年、角川文庫)

石坂洋次郎『光る海』(昭和44/1969年、新潮文庫

石坂洋次郎『陽のあたる坂道』(昭和46/1971年、講談社文庫)

石坂洋次郎寒い朝 他四篇』(昭和48/1973年、旺文社文庫

石坂洋次郎『花と果実』(昭和50/1975年、講談社文庫)

石坂洋次郎『颱風とざくろ』(下巻、昭和54/1979年、講談社文庫)

このうち、旺文社文庫の『寒い朝 他四篇』には、「人と文学」及び「作品の解説と鑑賞」と題して、20ページに及ぶ。興味深いのは、石坂と同郷の作家、太宰治葛西善蔵と対比して石坂の「人と文学」について書いていることである。なおこの文庫には、昭和37年、17歳のとき映画「寒い朝」に出演した、女優吉永小百合のエッセー「「寒い朝」の想い出」が収録されている。

また小松は、文庫の「解説」のなかで「私事」をよく語る人だが、『金の糸・銀の糸』では、この解説を書いたのは、「旅先のミュンヘンのウォーヌング(アパート)の屋根裏部屋」で書いたこと、『風と樹と空と』のなかでは、「わたくしは、ある私立大学の語学教師で、文学部に出講する。ほとんど女子学生である」と書き、『光る海』では、この小説が新聞に連載されたとき、「私の三女(当時立教女学院高二)のクラスでは、これをきりぬき」クラスメートにまわし読みをしていた話。『陽のあたる坂道』では、石坂の第14回菊池寛賞受賞のパーティのこと、『花と果実』では、舞台となった自由ケ丘の近くに住んでいる話など、実に興味深いことが記されている。

今日、石坂洋次郎の作品を書店で手にすることは難しくなったが、平成18年に『陽のあたる坂道』(角川文庫)が刊行され、昨年には、三浦雅士石坂洋次郎の逆襲』(講談社)出て、復活のきざしが見はじめた作家でもある。

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